I must be with you - 3/7

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今何と言ったのか。彼は。スコット・サマーズは。

「だから、あなたがプロフェッサーですか。ぼくを迎えに来たっていう」
なおも重ねるスコットに、エリックは思わず声を荒らげた。スコットは何を言っているのだろうか。
「私を、誰と、見間違えた」
「ぼくが、なにか悪いことでもした?」
どうも話が噛み合わない。嘘にしても意味がわからない。彼がエリックを知らないはずがないのだ。例え見えなくたってわかるくらいには。嘘をつくメリットも、スコットにはないだろう。テレパスのいるこの世界で、情状酌量のための嘘をつくのはハイリスクだ。
「プロフェッサーが、ここで少し待ってるように、って言ったから、待ってただけなんだけど、だから、誰ですか」
「この私を、知らないだと」
スコットはうんざりしたように答える。
「だから、知らないって。ぼくはスコット・サマーズ、で、あなたは」
エリックは覚悟を決めた。これはスコット・サマーズではない。確かに彼だけれども。彼ではない。ならば。
「私は、プロフェッサーではなくて」
最善手を取るしかない。彼にとっての。
「……彼の友人だ」
多少不正確ではあったが、嘘ではなかった。
「じゃあ、なんて呼べばいい」
エリックと呼んでくれ、
「よろしく、エリック」
少しだけ見当違いの方向に差し出された手を握った。夢みたいだったけれども、てのひらの温度が本物でしかなかった。

彼の話を聞いてみると、スコットの記憶のあるのは、プロフェッサーX――チャールズ・エグゼビアと出会ったところまで、だという。要するに、現在のミュータントがどういった存在なのかも知らないし、彼がX-menとしてこれまで戦ってきた記憶もないし、もちろん、ブラザーフッド、というよりは、マグニートが敵だった記憶もない。単なる敵というにはお互い立場が変わりすぎたけれども。もちろんその後の記憶もない。
つまり、今のスコットは、ただの、拾われてきたばかりの孤児だった。
エマも見つけられないわけだ。これが、あの、サイクロプスだなんて、誰が信じるだろうか。エリックも信じたくはなかった。

すっかりびしょ濡れになった床を拭いてから、食料を買わなくてはならないから、と、スコットを残して家を出る。公衆電話を探す。二ブロック先の角に赤い公衆電話があった。
シールドへの直通番号くらいは知っている。逃亡犯の報告はよき市民の義務である。思い出して、最初の三つまで押して、やめた。別によき市民ではないからだ。
その代わりに、缶詰のスープを買って帰った。いつもよりもワンランクだけ高いものを。

記憶がないだとかいうスコットを見て、エリックは怒りの代わりにつめたさを覚えた。なにも覚えていないものに、なにかを行使したところで、仕方がないのだ。いつだって復讐を選ぶことができるけれども、そうしないことが、優位性を保つのだということを、エリックは知っていた

食料ならばどうにかなる。何はともあれ、まずは、バイザーだ。ルビークオーツのサングラスなんて、スーパーマーケットやデパートで買える代物ではないのだが、エリックにはひとつ心当たりがあった。
だいたい、彼のような人間が、万一の事態を想定していないわけがないのだ。町中で破損したとか、急に必要になったとか、そういった事態を。だからエリックはスコットスコット名義の何らかの保管場所があるのではないかと調べて、予想通り存在したので、貸金庫へと向かった。
案の定、貸金庫の中には、予備のバイザーが入っていた。機能性だけを追求した、おおよそお洒落とはいえない代物だが、必要であることには変わりない。
無論、今のスコットが貸金庫の番号を覚えているはずもないのだけれども、だいたい、金庫というものは金属製である。夜間に警備員をかいくぐって中に入れさえすれば、何の問題もない。ついでに、貯金のいくらかを拝借したとしても、こちらの手間を考えれば悪くはないだろう。

「これを掛ければ、お前のブラストは抑制される」
エリックはスコットにバイザーを手渡した。目を覆う包帯を解いてやる。まぶたをきつく閉じたまま、彼はバイザーを掛けて、エリックにとっては見なれた姿となった
「目を開けても?」
「ああ」
「ほんとうに?」
スコットはおずおずと目を開いた。もちろんなにかが起こるわけもなかった。
てのひらを見つめて、窓際に駆け寄って、見える、と、叫ぶ。
スコット・サマーズの記憶にとって、それは二度目の開眼であった。今の彼にとっては、はじめてのことだった。
エリックはそれを複雑な面持ちで見ていた。かつてバイザーも必要なくなった彼が、あえてバイザーを付けていた、あのときのこと。今は、全く違う状況ではあって、だけれども、記憶と同じように能力もなくなっていれば、自分にも、彼を手放す理由ができて、よいのだけれども、確かめたくはなかった。
そうするのが危険だから。そういうことになっている。
洗面台の鏡で自分の姿を見たスコットは、まるでティーンエイジャーのようにはしゃいでいて、
「なるほど、割と、格好いいんじゃないかな。この自分は。バイザーもよく似合うし」
スコットが楽しげにしているのを見ると、そんな憂鬱な気分も吹き飛んでしまった。
「気に入ってくれたようで、よかった」
不思議なことにそれは本心だった。エリックが作ったわけでもないバイザー、スコットが喜んでいて、彼にとっては『初めて触れる世界』が、彼にとって喜ばしいものであったことに、喜びを感じた。
どの角度が一番格好いいのかを試しているスコットの頭を撫でてやる。スコットは一瞬エリックを見やってくしゃりと笑った。リーダーをやっていた時は基本的に気難しい顔しかしていなかったスコットが、普通に笑うこともあるのだと、はじめて知った。
もう十分に育っているはずなのに子供みたいだった。親にとってはいつまでも子供は子供だというけれども、なるほど、そういうことなのか、と腑に落ちた。
スコットがほんものの子供ではないことくらいはわかっていた。どちらかといえば、憎むべき相手のひとりだということもわかっていた。だけれども、このときの彼の笑顔を好ましいと思うのもまた事実だった。

スコットの記憶が戻ったらどうするのか、またX-menのような何らかの団体を作るのか、もう一度革命を選ぶのか、それとも。
記憶が戻らなければ、と、いうのは、そんなことはないはずなので、考えてはいない。
今のところは、まだ体力が回復していないだろうから、と言う理由で、外に出るのは控えるように言っておいてある。ほんとうのところは、仮にも指名手配犯がのこのこ外出して捕まったらどうするんだ、というところではあるが。
「プロフェッサーは、いつ帰ってくるんだろうか」
「彼はきみみたいな子供を探しに行っているんだ」
時制以外は嘘ではなかった。
「プロフェッサーがぼくを見つけてくれたんだ、そして、学校に連れて行く、そこにはぼくみたいなひとたちがいっぱいいて、安全だ、って、聞いたんだけれども。普通の暮らしが出来るように、訓練して、普通に暮らせるって、聞いたんだけれども」
「いつかそうなる」
「ここは学校じゃないみたいだ」
「まだ校舎を建てているところだ」
これは時制を含めて嘘ではあった。校舎はとうに存在して、学校もあって、現在の名前は異なるが、お前はかつてそこの教師だったよ。

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